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5.秋子さんの交通事故とは、何だったのか(名雪シナリオ)
■ まずは、個人的感想
思うに、名雪はシナリオでずいぶんと損をしています。シナリオが薄く、名雪の魅力を引き出せないままで終わっています。
秋子さんの交通事故の表現がどうこうという前に、根本的にエピソードの選択を間違ったと思うのです(ファンのみなさま、本当にごめんなさい)。
「私の名前、まだ覚えている?」
私にとって、名雪シナリオを象徴する台詞です。みなさまの多くも、恐らくそうでしょう。OPの名雪紹介台詞です。紹介の台詞である以上、シナリオの核心を突く台詞であるべきだからです。少なくとも、私はそう考えて、身構えました。
名雪は、ひたすら七年間待ちました。プロローグで祐一が待った二時間とは比べられないほどの長さです。
名雪は七年前に「失恋」しました。雪ウサギのシーンです。祐一が七年前にあゆという少女の「死」によって手痛い「失恋」をしたのと同じようにです。七年前の祐一には、名雪の恋心を気遣ってやれるだけのゆとりがありませんでした。祐一は逃げるように「思い出の地」を後にしました。あゆもまた、自らの「死」によって「失恋」をしています。前述(2.)のように、『Kanon』というお話は、幼少の頃「失恋」した三人が「思い出の地」で再び出会う、そんな物語であったと思うのです。
ですから名雪シナリオは、あゆシナリオとは「コインの表と裏」という関係なのです。
それなのに、何故、秋子さんの交通事故で悲劇を「演出」したのでしょう。あゆとの関係を考えれば、名雪の「届かなかった思い」だけで、残酷な「七年」という歳月だけで、十分悲劇です。あゆシナリオと名雪シナリオは、ラスト直前まで、ほつれる糸のように展開させ、最後に、「初恋の人」と「幼なじみ」どちらを選ぶか、という選択肢こそ、ふさわしかったと思います。その中で、七年という歳月を噛みしめるテキストであれば、それで「演出」として十分だったはずです。さもなくば、夢の中に登場した七年前の名雪が救われないです。
「私の名前、まだ覚えている?」
「うそつき……」
という台詞が生かされていないのが、情けないを通り越して、悲しかったです。
個人的意見を述べれば、名雪の設定自体は『Kanon』の中で一番の出来でした。未だに七年前の「失恋」に囚われる主人公を待ち続ける名雪。「あゆ(初恋の人)」−「祐一(主人公)」−「名雪(幼なじみ)」というありきたりな三角関係を、七年前の祐一の「失恋」を軸に、夢と現実をシンクロさせながら、見事に昇華させています。だからこそ、名雪シナリオのふがいなさが、私にとって本当に残念で仕方がありません。
…本章におけるここまでの文は、私の個人的感想を述べたにすぎません。直感的に感じた、私の不満であります。そこで、以下は、名雪シナリオがジュヴナイル(ファンタジーとして不完全であるのは、2.で指摘したとおりです)としてどうであったか、より客観的な検討を加えてみたいと思います。
■ 秋子さんの交通事故が担った「機能」
本シナリオにおいて、祐一は、あゆの死をもって「失恋」しています。祐一は、その悲しい「失恋」から「現実逃避」するために、あゆの事故という痛ましい事実を封印しています。祐一は、未だ心地よい夢の中で微睡みます。そこを、『結果的に』こじ開けようとしたのが、名雪でした。言ってしまえば、名雪シナリオの名雪とは、祐一にとって、「現実逃避」からの復帰を促すもの、突きつけられた「現実」そのものです(あくまで「役割」として、という意味です。ここでは、名雪の実際の主観は問題となりません)。名雪を受け入れることは、同時に、「失恋」という「事実」を受け入れることと、象徴的に同義です。祐一のジュヴナイルは、名雪との「恋の成就」をもって、完成するはずでした。
ところが、ここで、秋子さんの交通事故というイベントが介入してきました。
一月二十七日
潰れた、イチゴのショートケーキ…。
そのケーキが、7年前に俺が潰してしまった、雪うさぎの姿と重なる。
名雪は、その光景をただじっと見ていた。
言葉もなく、その表情からは何の感情も読みとれなかった。
これは、名雪に突きつけられた「現実」です。名雪はここで、秋子さんを失うかもしれないという恐怖に直面します。これは悲しい「別離」の可能性です。名雪は案の定、「現実」を嫌い、嫌だとねだりました。
一月二十九日
名雪「…お願いだから…やめて…」
祐一「お前が落ち込んだって、仕方ないだろ」
名雪「……」
祐一「お前まで倒れたら、秋子さんが戻ってきた時、絶対に悲しむぞ」
名雪「…ごめん…祐一…」
『…ごめん…祐一…』
そして、気づく。
祐一(…まるで、あの時の冬と一緒だな)
絶望して…。
拒絶して…。
そして…。
祐一(…全部、忘れて)
あの時と、ふたりの立場が入れ替わっただけだ。
俺と、名雪の立場が…。
そうです。二人の立場は、確かに入れ替わりました。言ってしまえば、これは祐一にとって、視点を移した七年前の追体験です。名雪の落ち込みは、祐一の「成長」の前に立ちはだかった「現実」でした。「名雪」=「現実」は語りかけます。過去を清算しろ、過去を受け入れろ、「現実」を乗り越え、「名雪」を受け入れろ。ここで祐一は、七年前に感じた「挫折」を今の落ち込んだ名雪の中に見いだし、七年前の「挫折」を追体験します。この追体験は、いわば「通過儀式(イニシエーション)」に当たるものです(りのりうむ氏)。この文脈で見る限りは、秋子さんの交通事故を高く評価する論者が存在することも、わからなくはありません(「源内考察」)。確かに、よりグレードの高いジュヴナイルとなったことでしょう。
しかし、結局、祐一は七年前の名雪に謝罪しただけで、あゆの事故、悲しい「現実」、悲しい「失恋」を思い出したわけではありません。結局、祐一は、過去を直視しないまま、「名雪」=「現実」を受け入れました。ここに、どうしても煮え切らない何かを感じたプレイヤーが多かったことも、また事実です。本当に祐一は「成長」したのでしょうか(「構造」)。こうなると、秋子さんが復活できたのはあゆの奇跡によるものなのか否かは、もはや問題ではありません(「演出」)。「演出」以前に、「構造」で失敗があったことになりましょう。個人的にも、もっと違う描き方ができなかったのか、大いに疑問が残る「構造」でした。
■ 私の提案「金の摘糸」
愚痴るだけではどうしようもありません。ここで一つの提案をします。より完璧な(「完璧に」別物という意味ですが…)名雪シナリオの提案です。どなたか、これを参考にSSを書いていただければ嬉しいです。なお、この案は、LaughCat氏(旧掲示板)の意見を参考にしています。
ずばり、名雪シナリオを「金の摘糸」「雪の女王」にする!!
…さすがに、これだけですと意味不明です。まずは、「金の摘糸」の説明から。
一般に、「金の摘糸」といわれる類型は(私が勝手に命名したものですが…)、“貴種流離譚”の続きとして書かれることが多い類型です。“貴種流離譚”とは、要は、花嫁を捜しに旅に出る王子様(とは限りませんが)のお話です。あるいは、「運を試してきます」と言ったかと思うと、ふらりと旅に出かけ、旅先でお姫様と結ばれるというお話です。少年のジュヴナイルと言っても過言ではないでしょう。「ハンス坊ちゃんハリネズミ」「忠臣ヨハネス」などが有名ですが…日本ではそれほど有名ではありません。
とにかく、ヨーロッパの昔話では、特に好まれる「様式」の一つです。
ここでは、“貴種流離譚”とは、とりあえず少年のジュヴナイルとご理解ください。
それでは、「金の摘糸」とは、どのようなお話かと言いますと、“貴種流離譚”において偉業を成し遂げた王子様に対し、お姫様は言うのです。
「一つお願いがあります。お城に帰っても、決してどなたとも喜びのキスを交わさないでください。さもなくば王子様は私のことをお忘れになってしまうことでしょう」
対する王子様も、当然このように答えます。
「私がキミを忘れることがあろうものか。しかし、まあ、キミの言うとおりかもしれない。解った、誰ともキスをしないことを誓おう」
しかし、言うまでもなく、王子様は、きれいに、お姫様のことを忘れてしまいます。喜びのあまりお姫様との約束を忘れキスをしてしまう場合もあれば、喜び勇んで駆け寄ってきたペットのイヌに唇をなめられてしまう場合など、原因は様々ですが、結果、王子様はお姫様との約束を破り、お姫様のことをすっかり忘れてしまいます。お姫様のことを忘れた王子様は、お城のみんなの提案に従い、隣国から婚約者を招くことになります。
ここから主役の座は、王子様からお姫様へと移ります。お姫様は、こんな事も有ろうかと「金の摘糸」(別に、金のドレスでもかまいません)を取り出します。それを婚約者の前でからからと回すわけです。すると、当然、婚約者はその摘糸をほしがります。ここでお姫様は提案をします。「では、一晩、王子様のおそばにいさせてください」婚約者はそれを快諾し、しかし、万が一にもまちがいが起こらないように、王子様に睡眠薬を一服含ませます。これでは、如何にお姫様が自分のことを思いだしてくれと拙に訴えても、王子様の耳に届くはずがありません。これが三晩繰り返され、三日目にして、(色々あって)ようやく王子様の耳に届くことになります。斯くして、王子様はお姫様を思いだし、ハッピーエンドとなるのです(※3)。
この「金の摘糸」は、少女のジュヴナイル、あるいは、「恋の成就」を主題に抱えています。
ここまで来れば、私が言いたいことがもうお解りでしょう。そうです。当然、祐一は王子様です。お姫様は名雪が担当します。そして、ここが重要ですが、あゆには、婚約者、ついでに、祐一の命を狩り取り『ONE』でいうところの「永遠の世界」に連れ去るような悪い魔女を担当して貰いましょう(あゆファンにみなさま、申し訳ございません。なお、ここであゆが、自分が悪い魔女であることを自覚しているか否かは、問題となりません)。
うむ、これで、
「私の名前、まだ覚えている?」
「うそつき……」
という台詞が生きてきます。これによって、名雪シナリオは完全なるジュヴナイル、完全なるファンタジーになるのだ…とか考えたのですが、ここまでやってしまうと、ほぼ完全に物語がプレイヤーのコントロール下から離れてしまいます。個人的には見てみたい気もしますが、ノベルズという形式ではありませんから却下します(爆)。まあ、こじつけっぽいのが、何よりもの難点でしょう。(※4)
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